令和5年度「金砂健児の集い」報告①

会長挨拶・来賓挨拶

令和5年度金砂健児の集い(総会・懇親会)が11月4日(土)12時よりアルカディア市ヶ谷にて開催されました。
来賓、会員の総勢66名が参加しました。

会員の高齢化に伴い年々参加者の減少が続いておりますが何とか開催にこぎつけました。

*ボイスレコーダーからAIによる文字おこしでテキストを作成しました。聞き取れない部分は前後の脈絡から手入力しましたが、どうしても判断出来ない部分はそのままにしてあります。
報告 : 赤川均(S41E)

開会前に10月29日秋田県高校ラグビー決勝のDVDが放映
校歌斉唱・リーダー:高田隆介(S39E)

東京秋工会 佐々木 進(S40S) 会長
コロナ禍がありましてですね、4年やらせてもらっているんですけれども、まだ2回しか総会の話をさせていただいたことがありません。
でも最近はようやくコロナにつながれた生活ができるようになって、それぞれが自分の責任において行動できるような普通になりつつありますので、今日も十分気をつけてお互いに楽しい懇親会をやらせていただけるかなと思っています。
はじめに、今年の夏記録的な猛暑が東北地方、特に秋田県では、線状降水帯が発生して、だいぶ河川氾濫による街の中の被害がたくさん報告されています。
それに対してですね、この度亡くなられた方々へのご冥福と、被災者の方々に心よりお見舞い申し上げたいと思います。
第80回総会、昨年の7月に開催してみましたが、年末年始に会報の制作の日々が重なってですね、会報の発送作業も今までバタバタの状態でした。
したがって、今期は従来の日程に戻して、規約を一部変更して、この度の日程で開催することになりました。
会報は、嵯峨編集長が一生懸命頑張ってくれてですね、発送作業は強力な我々のメンバーで、なんとか皆様の手元に届けることができました。
次に、母校訪問を6月27日にさせていただいたんですけれども、梅雨空で鬱陶しい天気ではありましたが、9名参加していただいてですね、大変素晴らしい学校を見学することができました。
秋田駅に集合して、タクシーで母校の正門に降り立った時はですね、懐かしさに数十年タイムスリップをしたような感じがしました。
校舎は新築になった鉄筋コンクリート造りから昔の校舎とは全く違ってですね、でも皆思い出した、ここに教室があったよね、ここに体育館があったよね、まるっきり全然違うんですが、そういうのを思い出しながら見学することができました。
佐藤校長先生に全部最初から最後までご案内していただいてですね、時代の先端を行く3Dの授業なんかもみんな見せていただいてですね、教室にパソコンがズラッと並んでましてですね、生徒がそれを全部やって、すごい高度な技術を高校時代に学んでるんだなということでですね、すごく頼もしい実感を感じました。
その後に武道館で佐伯監督とですね、あと柔道部員に迎えられて、来年の全国大会に出場する約束を得られて、その後ラグビー場に行ってですね、生徒の練習を見させてもらうことになりました。
おかげさまで30日、ラグビーが県予選を突破することができました。27日か28日に第一試合をすることになりそうですが、皆さんで花園に応援に行きたいと思っております。
同時にですね、駅伝も23日からまた都大路を走りますが、もう東山荘という旅館に3部屋確保してありますので、ぜひ私どもと一緒に応援に行ける方は連絡をいただければと思います。
それで、詩吟の中にですね、許渾先生の秋思という歌があります。
琪樹の西風 枕簟の秋 楚雲湘水 同遊を憶う 高歌一曲 明鏡を掩う 昨日は少年 今は白頭
で、要は時の流れを感じましたという話なんですが、私も高校に、見学に行けたのはこれで最後かなというような感じで帰ってきました。
翌日は皆さんと一緒に男鹿半島を巡って楽しいひとときを過ごしてきました。
来年、創立120周年を本校ではやるようですので、皆さんと一緒に大勢でですね、祝賀会に秋田にいって参加したいと思いますが、いかがでしょうか。
簡単ですが、これで私の挨拶とさせていただきます。

秋田工業高校校長 佐藤隆史 先生

高い席から失礼いたします。
本日は令和5年度第81回総会並びに金砂健児の集いにお招きいただきまして、誠にありがとうございます。
開催にあたり、学校の様子などを含め、ご挨拶を申し上げます。
3年以上の長い時期が渡った、教育活動の制限もほぼ解除されまして、気兼ねなく活動している生徒の姿を見るにつれ、平和な日常の有難さをつくづく感じております。
創立119年を迎える長い歴史を誇る本校において、質実剛健の校訓は、よどむことなく引き継がれており、心身共にたくましく何事にも積極果敢に挑戦する本校生の姿は不変であります。
今年は秋田でも前代未聞の酷暑に見舞われましたが、秋工竿燈会が4年ぶりに単独で竿燈祭りに参加しました。
お囃子と太鼓が練り歩き、秋工提灯46個が夜空を彩りました。他の部活動と兼務している生徒が多く、人数確保が難しい状況でしたが、4日間、秋工金砂魂を全国にアピールすることができました。
地域とともに歩んできた本校は文化面においても、伝統芸能を継承し、ふるさとを支える存在という自負を持ち続ける覚悟であります。
また、ご存知の方はおられるかと思いますが、ものづくりコンテストというものがありまして、現在は7つの部門がありますが、その中の2つ、電気工事部門と木材加工部門において、県大会を勝ち抜いた本校生2名が東北大会で優勝しました。
東北代表として来週、九州地区で行われる全国大会への出場を決めています。
年々課題が難しくなり、高度な技術と強い精神力、体力が求められ、運動部の大会にひけをとらないタフな大会であります。
今年の東北大会は3つの部門で女子選手が優勝しており、そのうちの2部門が本校女子選手でありました。
120年という長い歴史の一ページを華麗に彩ってくれたものと感じております。入口に写真を貼っておりますが、この2名の女子生徒が東北チャンピオンになりました。後でご覧いただければと思います。
そして、去る10月29日、ラグビーと駅伝の全国予選が同日に行われました。
ラグビーは4年連続71回目の花園、駅伝は11年連続29度目の都大路を決めることができました。
翌30日の魁朝刊は他の部活動の準優勝やベスト4なども含めて秋田工業記事でのあふれる状態でありました。
胸が熱くなる思いでありました。
ラグビーと駅伝はこれからの2ヶ月、伝統の力を発揮すべく、ギヤを数段上げていく意気込みでございます。
皆様方にはどうか今年もご支援、ご協力を賜りますことをこの場をお借りしてお願い申し上げます。
なにとぞよろしくお願いいたします。
話が変わりますが、今年の就職状況です。
公務員と進学はこれからでありますが、就職希望者101名全員が内定を決めております。
そのうち52名が県外就職でありまして、35名がこの関東地区に来年度からお世話になることになります。
どうか機会がありましたらご指導、ご支援をいただきますようよろしくお願いいたします。
ちなみに公務員希望者が26名、進学希望者が79名となっております。
今の高校生たちはまさに次世代を担う存在であります。
日本の社会、特に工業界の発展という先輩の皆様方が残していただいた大きな功績を礎に次の社会を発展、創造していく人材の育成という重き使命を学校として強く感じている次第です。
これからも同窓会組織の力をお借りしながら教育の充実を図って所存であります。
どうぞよろしくお願いいたします。
結びになりますが、東京秋工会のますますのご発展と会員の皆様方のご健勝をお祈り申し上げ、挨拶とさせていただきます。
本日はどうぞよろしくお願いいたします。

冨樫博之(S50M)衆議院議員

私は昭和50年卒の、今、秋田、選挙区は秋田市、一区であります。
この選挙区の衆議院議員を務めさせていただいております。
こうやって、東京の秋工会総会そのあとの懇親会にお招きをいただきました。
本当にありがとうございます。
今日は、母校の大学でもあります、経済大学の方も同じ、このアルカディアで、同窓会やっておりますので、ちょっと駆け抜きをさせていただきます。
ご容赦お願いを申し上げたいと思います。
今、学校の方の佐藤校長さん、はじめ佐々木会長さんからも、ラグビーと、そしてまた、駅伝を優勝して、今度は全国大会だと、私からもお願いをしたいのは、私もどちらも、後援会の顧問しています。
ですから、私からは、皆さん方からも、浄財をいただきたいと、お寄付のほど、よろしくお願いを申し上げたいということを、高い席ではありますけれども、ご容赦のほど、お願いを申し上げたいという風に思います。
協力のほど、お願いを申し上げたいと思います。
今、ここに来てからも、世間話していましたが、秋田は、先ほどの水害もありました。
水害は、ちょっと大変なことが、秋田駅を中心にして、東側と西側、東側というところは広面方面です。
西側というのは、中通りから楢山にかけて、あそこらへんがひどい。
全部、内水氾濫。内水氾濫と、外水氾濫、外水氾濫というのは、旭川は氾濫しません。
太平側です。私が生まれた太平。太平側は氾濫せず。
牛島の堤防も、超えてしまった。
こういうような状況で、もう、これが、ミックスされた大変な水害があってね。
床上浸水、床下浸水を合わせると、7500棟です。秋田市内で。
大変。今も、復旧に、あるいは、今、全部、この冬、過ごせるのかな、なんて、大工さんも足りなくて、回り切れないというのが、今の現状です。
ですから、これを、国と、国の方と、国土交通省、それから、今は秋田県、秋田県知事さんも一生懸命やっています。市長さんも含めて協議会を進めて、11月末には、まとまります。対策が。
この、太平側は、過度、草とするというような話になると思いますし、西側、楢山、中通りにはですね、薄い間を、2mぐらいの薄い間を、5キロぐらい埋めるとかね。
いろんな話が出てくると思います。あるいは、東側は、学校のグランドが、そういうところに貯水槽を作るとか、こういう話が、これから、ズッとなって、対策を打っていく、というようなことになりますので、
私も、国からの予算というのと、一緒に頑張りたいというふうに思います。
それからですね、今年、クマが多いんですよ。皆さんも。秋田、秋田県で言えば、クマという話なんです。
知事も少し、過激な発言をしましたけれども、
あの、クマって言ってたら、バッと出ると。
あそこの、でこの、クマの名も、みんな、県の予算つけてあったら、バッババババッと出ると言ったら、いろんな話がありましたけれども、批判もありました。
でも、それぐらい、クマが出て、通常だとしたら、20人ぐらい、被害でてるんですが、今年は50名以上ですから。
大変な、いろいろな方がいるんです。亡くなった方もいらっしゃいます。
こういうようなことが、今、現実秋田で起こっている。
山で、実がなるドングルなどが、それから、ブナの芽などが、あるいは、栗などが、今年凶作です。
なんて言いますかね。ですから、もう、私たちの里の方に降りてくる。
こういうような状況を、今後どういうふうに対策を打つのかということも含まれてですね、やっぱり、
猟師も少なくなっていませんで、やっぱり、そういうようなことも関係があるのかもしれません。
こういう話をしながら、あともう3分でありましたので、やめますけれども、もう一つはですね、秋田へ今、大変、全国から注目されています。
前にも話したと思います。再生可能エネルギーの風車です。
陸上風車は、青森と競争していますけれども、今、これから、海の方にどんどん立ちます。
今年の1月、あるいは去年の12月からですね、能代港と秋田港湾内に、洋上風車が立ちました。32基立ちました。今、もう、稼働しています。
海の上に立つ風車は、全国で初めて商業化されました。バイデングしています。
この経済効果は秋田にもかなり多くあると思いますが、さらにこれから、この2028年からはですね、由利本荘地区と、それから潟上に風車が80機から立ちます。
その風車というのは、東京タワー、330メートルですけれども、これを、海に足をつけて、上の方に300メートル高い、まあ、ビルみたいなものがあります。ここに、両翼200メートルくらいの、羽が動く。こういうことで、これが全部、今、もう、4フォークまでできていますので、これが全部できるとですね、原発2基分200万キロワット。
これが今、秋田県が、これからの将来、いい方向に回っていくように、我々の今、頑張っていますが、水素を、これから天然の電気で、電気を蒸して、もう一回水素を使う。こういうようなことをして、秋田を、いずれ、そういう産業の集積の場にしたいと、今、サプライチェーンも全部をしています。
まあ、いろんなことを話したいんですが、時間がありませんので、やっぱり読みますけれども、まあ、こういう秋田が、これからの私たちの子供や孫のために、今、我々が頑張ることが一番大事だと思っています。どうぞ、あの、秋田の地元、ふるさとも、頑張っていますから、よろしく一つは、ご支援のほどをお願い申し上げながら、今日のこの会を楽しんでいきたいと思います。
今日は本当にお招きにあずかりまして、ありがとうございました。そして皆さんのご健康、ご家庭を、心からご祈願いたします。
ありがとうございました。

秋田工業高校同窓会 工藤 嘉範(S55M) 会長

こんにちは。昭和51年3月土木科卒業の工藤嘉範でございます。
またこうやって東京秋工会を開催していただけること、本部として本当にありがたいと思っています。
全国各支部、いっぱいあるんですけれども、なかなか活動が思うようにいかずですね、それと高齢化もありまして、同窓会活動に四苦八苦しているような状況です。
もう壊滅状態と言ってもいいくらいなんですけれども、
そういう中で昨年に引き続き、こうやって開催していただける東京の会が、多くの方々、参集の上、開催していただけること、特に今回も三平前会長さん、事務局長さん、東京の方々、に尽力されている方々、それから今日は我々秋田地元でも一緒に仲良くやっている、雄水会の会長さんとあげまき会の会長さんをご案内して、こうやって来ていただけるというのは、やっぱり東京の方々が秋田を思う気持ち、母校を思う気持ちというような一丸となっているということ、本当にありがたいと思っています。
ラグビーや一緒に学校の話、今お話ありましたので、私の総会の話を少しさせていただきますけれども、今年の役員総会で改選になりまして、久しぶりにこうやって秋田市の総会、支部総会の方にも、私は必ず出るんですけれども、なかなかご無沙汰しているという手前、昨年はラグビーの方の担当の副会長であります黒澤先生を知っていただきました。
今回は副会長の徳光さんに来ていただいております。なるべく私と二人三百脚で、いろんな方々に、同窓会の方々に顔を見ていただきたいなという、そういう思いになります。
今年の総会の方では、新しい副会長として、前、皆さんご存知だと思います、大田前副会長の子息、息子さんであります、
大田博之さんからも副会長になっていただきました。
私もちょうど10年になります。
110周年、前年に大田前会長が体調不良で、任期満了待たずに辞任したいという話でありましたので、私も引き受けさせていただいて、来年120周年ですから、できれば大田前会長先輩のその意思というか気持ちをですね、息子さんに一緒にこの120周年式典に副会長として同席してもらいたい。
これが一番の大田前会長孝行、親孝行になるのかなと思いまして、声をかけたところ、大田さんがですね、お快諾いただいて、同窓会活動にこれからも邁進するということを誓っていただきましたので、その点もご了承いただければありがたいと思います。
秋田の今後、冨樫先生からも話しがあって、いろんな災害がありまして、私は太平山の地元の人間でありますけれども、水害にも悩まされましたけれども、現在は秋田県の方はですね、知事の口の公害でちょっと悩んでいます。大変な騒ぎになってましてですね、
市区の皆様方に大変ご迷惑かけていますけれども、これをですね、ただ単にやれじゃこてんが売れたとか、市区の酒も売れたとかということではなくて、やっぱりきちっと反省するところは反省するということで、私ども県議会議員なんですけども、回っていますので、地元の方からは県議会議員も何やってるんだ、きちっと注意するべきは、注意する、というような、指摘されている状況でございますので、この後も皆様、秋田を離れている皆様方に秋田県の風評被害にならないように、一生懸命頑張ってまいりますので、その点についてもご了承いただければありがたいと思います。
この後、年末、大変忙しいシーズンになってきました。
皆様からの格段なる特別なご協力とご理解をいただいてですね、在校生、後輩諸君が一生懸命心おきなく戦える環境を、私どもも作ってまいりたいと思います。
来年の120周年は皆さんで母校に足を運んでいただいて、交流を広めていただくことを心からお願いをしたいと思います。
本会の盛会と皆様のご多幸を改めてお願いしながら、お祝いしたいと思います。
本当に今日はおめでとうございました。ありがとうございました。

秋田工業高校ラグビー部後援会 加賀谷 陽二(S41S) 会長

どうもはじめまして。加賀谷と申します。
私この度、瀬田川前後援会長より引き継ぎまして、
当会の会長を使っております加賀谷陽二と申します。
私、学校出ましたのは昭和41年採鉱科です。
佐々木会長さんの一年後輩にあたるなと思いまして、
先ほど会長さんからのご挨拶を拝聴させていただいておりました。
本日初めてこのように東京工会の皆様と
お会いさせていただく機会を設けさせていただきましたことに、
これより感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございます。
このメンバーの中に、実は我々同期昭和41年のそれこそグランドで汗を一緒に流した二人がおりまして、佐藤鉄三郎副会長さん、それから工藤義孝幹事長さん、このお二人が同期でございまして、佐っ忠先生の下で一緒に汗を流した私自身でもございます。
なかなか秋田と東京ではお会いすること、時々電話することはあるもののなかなかお会いすることはないのですが、今日は少しゆっくりお話しできるかなと思いまして、楽しみにしておりました。
先ほど校長先生の方からもご説明ございましたが、先般、10月29日に全国大会県予選がございました。
決勝で秋田中央高校と12対5で、おかげ様で全国大会出場を決定いたしました。
出場回数71回目に到達でございます。
ちなみに全国花園優勝がご存知の通り15回、それから準優勝が7回という実績を誇ってございます。
ただここしばらく、やはり全国レベルが非常に高いものがございまして、なかなか言い訳にはならないと思うんですが、公立高校の立場での強化というのは大きな壁があるというものが現実にございます。
ですが、この前も秋田の方での総会で、同じ高校生なのでひるむことなく飲まれたらダメだと、相手を飲んで試合に挑むように。
そして我々、高校の時から佐っ忠先生に言われていましたが、立ち上がりが弱かったんです。
最初の10分が勝負だと。要は相手に飲み込まれたらダメだから最初から飲み込む。その最初の10分が大事だと。
これを学生の人たちに申し述べてきました。
それを頭に入れて少しでも、これから全国大会、まもなく年末から始まります。ぜひこの後援会としましても、できる限り後押ししながら、
少しでもより良い実績を残してもらいたいというふうに強く念じているところでございます。
御存じのとおり、来年2024年は秋田工業高校、創立120周年を迎えます。そして翌年の2025年には秋田工業高校ラグビー部、
創部100周年を迎えます。
非常に大きな節目に2年連続差し掛かります。
ぜひここでラグビー部を再度世に名を轟かしたらいいということで、その春に監督が伊藤監督から沢木監督に変わっております。
そして、コーチ陣に池田コーチ、それから強化部長というものが選出されまして、月10日ぐらいなんですが、東京から元ジャパンの吉田義人が、そしてその他OB関係者、今まで以上に多く若者が集まって学生の指導に当たってくれております。
学生も大きな節目を頭に入れながら日々練習に邁進しておりまして、先ほど副会長の鉄三郎氏ともお話ししたんですが、かなり体も以前よりは大きくなって来ているかなと思います。
と同時にチームワークが非常に良くなってきております。と言いますのは、OBが非常に一丸性が高くなってきているというふうに私は読んでおります。
まだまだ課題は山積しておりますけれども、あと2ヶ月弱で全国大会が始まります。
これからも学生はもちろんなんですが、我々後援会としましてもできる限り学生の後押しをしながら、学生たちが練習に集中できるような後援をしてまいりたいというふうに考えております。
また、いつものように後援会にお理解とそしてご協力をいただいております皆様にも引き続きましてご支援のことをよろしくお願いしたいと思います。
本日このように皆様にお会いさせていただきましたことを本当に有難く思うことと同時にこれからもどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

来賓との記念写真