佐藤哲男博士のメディカルトーク
156. 市中の医療情報を人々はどう受け入れているか
市中にはさまざまな医療情報が流れています。例えば、テレビやネットの医療系番組で「肺レントゲンや便潜血検査」「心電図や脳ドック」「PSA(前立腺特異抗原)検査」などの必要性が語られることがありますが、これらはどれも日常的に病院で使われている検査項目です。しかし、メディアで発信される医療情報の中には、あくまで主治医としての主観や経験に基づくものもあり、すべての医師が同じ見解を持つとは限りません。国は定期的な人間ドックや職場検診を推奨しており、専門学会である「日本人間ドック学会」では客観的な検査項目や判定基準を提案しています。こうした検査は、個人の主観ではなく、予防医学の確かな基準に基づいているのです。

世の中には「私は健康に問題がないから職場検診を受ける必要がない」と考える人も少なくありません。こうした人々は病院へ行くこと自体に消極的です。多少の腹痛なら市販薬で済ませたり、発熱が続いても解熱薬で熱が下がれば問題ないとしたりしがちです。しかし、体に現れる小さなサインを自己判断で片付けてしまうことには、思わぬリスクが潜んでいます。
私の場合、少しでも体調が悪いと近くのかかりつけのクリニックへ行くことにしています。そこの医師は循環器(心臓や血管など)が専門ですが、以前に人間ドックの検診医を務めていた経験もあるので、専門外の病気であっても適切な初期判断をしてくれます。さらに詳細な検査が必要な場合は、専門病院を紹介してもらえるので安心です。
現代の医療は非常に高度化し、同時に細分化されています。「頭痛がする」「めまいがする」といった日常的な症状一つをとっても、それが脳の病気なのか、耳の異常なのか、あるいは血圧やストレスによるものなのか、素人が自分で判断して正しい専門診療科を選ぶのは容易ではありません。大病院の多くは予約制で、診察前に長い待ち時間の末に「ここでは専門外です」と言われてしまうこともあります。
だからこそ、日頃から自分を診てくれる「かかりつけ医」の存在が不可欠になります。かかりつけ医の重要な役割の一つは、医療の「交通整理」です。患者の訴えを総合的に聞き、初期診断を行い、必要に応じて最適な専門医や高次医療機関へスムーズにつないでくれる中継点のような役割を果たします。
また、かかりつけ医を持つことの大きなメリットは、自分の「普段の状態」をよく知ってくれている点です。健康なときの血圧や脈拍、過去の病歴、生活習慣などをカルテを通じて把握してくれています。したがって、ちょっとした「いつもと違う変化」にいち早く気づくことができるのです。これは、初めて診察を受けた大病院の医師には難しい、地域に根ざした医師ならではの強みと言えます。
では、私たち一般の患者は、どのようにして自分に合った「良いかかりつけ医」を見分ければよいのでしょうか。知名度や建物の新しさだけでは測れない、大切なチェックポイントがいくつかあります。
第一に、こちらの話を丁寧に聞いてくれるかどうかです。こちらの訴えに耳を傾け、質問に対して専門用語を並べるだけでなく、分かりやすい言葉で納得がいくまで説明してくれる医師は信頼が置けます。パソコンの画面ばかりを見て、患者の顔をほとんど見ないような診察スタイルの場合は注意が必要です。

第二に、自分の専門外や手に負えない病状であると判断した際、速やかに専門医や大病院へ紹介してくれる柔軟さがあるかという点です。何でも自分のところで抱え込もうとせず、地域の医療機関と適切なネットワークを持っていることこそが、優れたかかりつけ医の条件と言えます。
第三に、薬の処方や検査の意図が明確であることです。「なぜこの薬が必要なのか」「何のための検査なのか」を根拠とともに示し、ときには「今の状態なら薬を増やす必要はありません」と、必要のない医療を正直に提案してくれる医師は誠実と言えます。
私が信頼を置く医師とは、いわゆる「神の手を持つ医師」や「スーパードクター」ではありません。「それぞれの診療領域における適切な教育を受けて十分な知識・経験を持ち、患者から信頼される標準的な医療を提供できる医師」です。派手な最新医療ではなく、確かなデータとガイドラインに基づいた安全な医療を、一人ひとりの患者に寄り添って提供してくれる医師こそが、真に価値ある存在です。
一方、患者に信頼されない医師を「ヤブ医者」と呼びますが、その語源には諸説あります。最も有力なのは、中国の言葉でまじないや祈祷によって病気を治そうとする怪しげな民間療法士を指す「野巫(やふ)」に由来するという説です。これが日本に伝わった際、当て字で「藪(ヤブ)」と書かれるようになり、下手な医者という意味の言葉になったとされています。
おわりに
現代は情報が溢れているからこそ、怪しげな民間療法や偏った医療情報に惑わされない目が求められます。そのためにも、まずは自分にとって信頼できる「標準的な医療」を提供してくれる、かかりつけ医を持つことが必要です。健康のパートナーとして良好なかかわりを築くことこそが、溢れる情報に振り回されず、健やかな生活を維持するための最も確実な道と言えます。
2026年8月1日


