佐藤哲男博士のメディカルトーク No.146

146. 予期しない医師の宣告

80代は私にとって最悪の年代でした。84歳の2015年6月に総胆管結石症、同年8月に胆嚢摘除そして86歳の2017年には前立腺肥大症の手術を受けました。

2015年6月、半年程前から胃の具合が悪かったので近くの公立病院で受診しました。血液検査やMRI画像診断などの結果を見て、医師は「直ぐに入院して下さい」とのことでした。入院などは全く考えてなかったので、当日は点滴をしてもらって帰宅しました。

翌朝、早速病院で入院の手続きをし、主治医の説明を聞いて顔色が変わりました。検査の結果から、肝臓、膵臓、胆嚢のすべての働きが異常値を示しているとのことでした。中でも深刻なのは、膵臓の炎症が進んでいたことです。 医師の説明によると、以前から胆嚢の中にある結石が胆嚢から流れ出て総胆管という管につまり、肝臓から流れている胆汁と、膵臓から流れている膵液の合流地点を塞いでいるのが今回の原因だとのことでした。出口が塞がれた胆汁と膵液は肝臓と膵臓へそれぞれ逆流して、急性の炎症を起こしたのです。胆汁と膵液は食物の中の脂肪を消化する重要な役目を持っており、それらは最終的に十二指腸に流れ出ています。

入院翌日、胆管の出口を塞いでいる石を破砕し除去するために内視鏡手術を受けました。1時間程で石はすべて取り除かれましたので、胆汁と膵液は順調に十二指腸に流れる様になりました。肝臓は回復力が大きいのでよいですが、膵臓の炎症は回復に長い時間がかかります。特に、今回の様に膵液の膵臓への逆流が続くと膵液の成分が膵臓を溶かすという恐ろしいことになります(自己融解と言います)。

手術の前日、担当医から手術前に行われる患者への説明がありました。その内容は、(1)石を取り出すために胆管の出口を少し切開して広げるので出血するかもしれない、(2)胆汁や膵液が流れ出る十二指腸の壁は薄いので、破れることがあるかもしれない、(3)石が硬くて破砕出来ないときは1時間で手術を中断するかもしれない、など予想されるリスクを聞かされました。患者の私にとっては大変な不安ですが、医師としては予想されるすべてのリスクの可能性について患者に伝える義務があるのです。今回の場合、結果的に危惧されたリスクは全くなく手術は無事に終わりました。

一通り説明が終わったところで、4種類の同意書に同意の署名をしました。(1)「内視鏡的十二指腸乳頭切開術の同意書」(手術に関するもの)、(2)「輸血療法の同意書」(切開した部位より出血したときに輸血するかもしれない)、(3)「ヨード造影剤使用の同意書」(画像診断で写りをよくするためにヨード造影剤を使用する)などです。

「説明と同意」の意味

最近は医師が新しい医療行為をする時、特に手術の場合は、その目的やそれに伴うリスクなどについて詳細に患者に説明して、患者の同意が得られてから手術を行うのが医師側の義務になっています。これは「説明と同意」(インフォームド・コンセントともいう)という手続きです。昔は手術の場合でも診察室で簡単な説明を行うだけで、患者は手術の内容を理解することなく行われたことも少なくありませんでした。その結果、医師の思い違いで手術のときに健全な腎臓を摘出したり、左右の肺を間違って手術したりなど常識では考えられない医療過誤がありました。

患者は同意書に署名した段階で、「この手術についてはすべてお任せします」という意思表示になります。と同時に、「何事が起こっても医師には責任はありません」という医師側の立場が明確になり、手術するにあたって両者が合意したことになります。このように「説明と同意」は医師側と患者側が相互に納得した様に見えますが、現実問題として病気の治療のために入院し、そのために必要な手術を目の前にして、「手術は希望しません」と同意を拒否する患者は殆どいません。つまり、「説明と同意」で医師の言い分は十分に果たせますが、多くの患者は、不安と緊張で医師に言われるままに署名するのが現実です。 「説明と同意」は手術のときだけではありません。いくつかの治療法があるときに、医師はそれらの治療法について利点、欠点を患者に説明した後で、「この中でどれを希望しますか」と患者に治療法を選択させるのです。素人の患者にとってどれがベストかを決めることは殆ど不可能です。結局、「お任せします」になるのです。

おわりに

今回の入院生活で多くの貴重な経験をしました。病気の治療に当たっては、選ぶ病院や医師により治療法が異なる事があります。マスコミで有名な医師や、週刊誌などで名医といわれる医師が必ずしも患者にとってベストとは限りません。最もよい目安は、その医師にかかっている患者の意見を聞くことです。また、経験豊富な医師であれば、自分の目や指で症状を確認するだけでも、かなりの確率で病気の目安をつけることができます。ですから血液検査や画像診断と合わせて、視診や触診を積極的にしてくれる医師は、名医である可能性が高いです。

患者の話をよく聞く医師も名医と言われています。ちなみに外科医の場合、「手術の上手な外科医は、絵も上手」といわれています。これは手先が器用だからというだけではなく、細かなイメージを頭に描けないと手術が難しいからです。今回私の主治医は内科医でしたが、彼は内視鏡の専門医で、今回の手術についての説明のときに10枚以上の絵をかいて丁寧に説明してくれました。名医と巡り会えて幸せな17日間でした。

2025年10月1日