秋工ラグビー部創部100周年 記念トークセッション「秋工は人生の原点」
秋工同窓会
各 位
秋工ラクビー後援会の船木です。
「秋工ラグビー部創部100周年 記念トークセッション「秋工は人生の原点」 」を紹介させていただきます。
日本ラグビー協会会長の土田雅人さん(62)、7人制ラグビーチーム「サムライセブン」監督の吉田義人さん(56)がトークセッションを行い、同校ラグビー部での思い出を語った。
「日本一のラグビー部に入ればいいことがあるはず」との思いで入部したという土田さん。
同期の多くが退部してしまうほどのハードな練習を乗り越え、3年時には高校日本代表で海外遠征を経験した。
「海外に行くのが簡単じゃない時代に世界を見ることができた。おかげでその後の人生が開けた」。
卒業後は同志社大で大学選手権3連覇に貢献し、サントリーの監督としても日本選手権を3度制するなど長年ラグビー界で活躍。
2022年から協会会長を務めており、「秋田工は人生の原点」と語った。
WTBだった吉田さんは高校時代、体重100キロ超のOBを倒すまでタックルするなど「自分の限界を突破する練習」で根性を鍛えられた。1年時には全国高校ラグビー大会優勝を経験。卒業後は明大や日本代表でも活躍し、09年から4年間、明大の監督も務めた。現在は秋田工ラグビー部OB会の強化部長を務めている。
秋田工時代を振り返り「とことん愛情を持って接してくれる指導者に出会えた。日本一を目指す仲間と本気で頑張れたことが財産」と話した。
秋田工ラグビー部は1925年に創部。全国大会の出場72回、優勝15回 準優勝7回はいずれも最多を誇る。
式典にはOB約160人を含むラグビー関係者約320人が参加した。
〇日本ラグビー協会会長の土田雅人さんと、7人制ラグビーチームの監督・吉田義人さんが ゲストに招かれ、部の更なる発展に協力していくことを約束しました。
●日本ラグビー協会会長の土田雅人さん
「まずこの先輩たちの前で2人で喋るなんて出来ないよね」
●7人制ラグビーチームの監督・吉田義人さん
「非常に今日はおこがましい」
●土田さん
「若い人がいっぱいいたらお話できるかなと思ったんですけど見ればみんな理不尽な先輩達ばっかりで…」
●秋田放送 田村修アナウンサー
「あの…のちほど理不尽は伺いたいですが ラグビーとしての日本のトップでいらっしゃいますよねでやっぱり先輩はおっかないというか理不尽な
●土田さん「いやいや 秋田戻ると先輩後輩ですし…」
「恐縮」から入った、日本のラグビー界を牽引してきた2人。全国トップクラスの選手だった土田雅人さんと吉田義人さんは、多くのラグビー関係者が出席する前で思い出などを披露しました。高校時代に日本一を経験している吉田さんですが、当時大学生だった土田さんから“アツい指導”を受けたことがあるそうです。
●吉田さん「一番大きな100㎏位あるOBがですね両方立ってるんですよそれで、土田先輩がね、『吉田、こいつを倒せ。俺がいいって言うまでやれ』
●田村アナ「ウイングでしたよね」
●吉田さん「ウイングです163㎝ぐらいしかない」
●田村アナ「100㎏の巨漢に向かって倒せと…」
●吉田さん「倒せと…倒れるわけないですよね 大学生のバリバリの1本目ですよみなさん」
●田村アナ「それ理不尽って言うんですよね」
●吉田さん「だけどやりながらですねなにかこうぐらついてくれたり、本当にこう自分の限界点を突破できたときに、自分の成長っていうのをこれ確実にできたなと思ったんですね、あのタックルの指導のおかで、その後タックル入るのがどんだけ大きな外国人選手相手でも怖くなくなりましたね」
およそ40分、尽きない思い出を熱く話った2人は、礎を築いた母校への感謝を述べるとともに、大正時代から続くラグビー部の更なる発展を願いました。
●土田さん
「秋田帰って来るとほんともうみんなうるさいぐらいに高校の話をして
ラグビーの話をして呑むメンバー多いんですよ。
だけどやっぱこう一枚岩になってやることがね次の100年に繋がることだと思ってます
きょうから私自身もそうしたいなと思ってます」
●吉田さん
「100周年記念メモリアルイヤーなので、
なんとか選手たちを花園の舞台で躍動させるために
澤木監督を支えてがんばっていきたいなと思ってます」
2人はOBとして、新たな歴史作りのサポートをする約束をして締めくくりました。
〇土田 雅人(つちだ まさと)プロフィール
- 1962年10月21日生まれ(62才)
- 同志社大学商学部卒業(1985年)
- サントリー酒類株式会社(1万人) 専務執行役員 首都圏営業本部長
- サントリーグループ (3.5万人) 常務執行役員
ラグビー歴
- 秋田工業高校(1981年卒業)、同志社大学(1985年卒業)、サントリー(1995年引退)
- 1980年 高校日本代表オーストラリア遠征メンバー(副主将)
- 1982年~1984年同志社大学で大学選手権3連覇達成、大学時代のポジションはNo.8
- 1985年 日本代表キャップ1(1985年10月26日フランス代表戦 会場:ボージョワール)
- 1995年~1996年サントリーラグビー部監督 (1996年日本選手権大会優勝)
- 1997年~1999年日本代表フォワードコーチ
- 2000年~2003年サントリーラグビー部監督 (2001年・2002年日本選手権大会優勝)
- 2015年~日本ラグビーフットボール協会理事
- 2022年~日本ラグビーフットボール協会会長
吉田義人(よしだよしひと)紹介:
- ラグビー元日本代表・世界選抜選手
- 一般社団法人日本スポーツ教育アカデミー 理事長
- 株式会社吉田義人事務所 代表取締役
- 1969年 秋田県男鹿市生まれ
- 1984年〜1986年 秋田工業高校(主将、高校全国優勝、高校日本代表)
- 1987年〜1990年 明治大学((主将・大学全国優勝、19才から日本代表)
- 1991年〜1999年 伊勢丹
(1996年〜1997年 筑波大学大学院卒業) - 2000年 USコロミエ(フランス1部リーグ)
- 2001年〜2003年 三洋電機、福岡サニックスボムズ
- 2004年〜2008年 横河電気ヘッドコーチ
- 2009年〜2013年 明治大学監督
- 秋田工業高校時代は、全国高校ラグビー選手権大会で優勝を経験。高校日本代表にも選出された。
- 明治大学に進学。当時明大監督であった北島氏に「日本を背負う逸材」と言わしめた。
1年生からレギュラーとして活躍し、4年時は主将として大学選手権優勝を果たす。 - 大学1年生だった19歳の時に初めて日本代表入りし、その後長きに渡り代表でもプレー。
- ワールドカップに2度出場した。世界最強フィフティーンである『世界選抜』に3度選抜された唯一の日本人選手でもある。
- オールブラックス戦でのダイビングトライは世界ラグビー史上伝説となっている。
- 明大卒業後は、伊勢丹に入社しラグビー部に所属。9年間プレーした後、2000年にはフランス1部リーグのUSコロミエへ。当時、日本人初の1部リーグプロラグビー選手となった。
- 2003年に現役引退し、2004年から横河電機ヘッドコーチとして指導者の道へ。
- 2009年には母校明治大学の監督へ就任し、2012年には母校を14年ぶりに対抗戦制覇に導いた。
- プレイヤーとして活躍していた傍ら、1996年には筑波大学大学院でスポーツ教育を学び修士号を取得。その後の指導者や、現在の社団法人で展開する活動への礎を築いた。
- 2014年、7人制ラグビー専門チーム『侍セブン』を創設し代表兼監督に就任。
- 2016年には、一般社団法人日本スポーツ教育アカデミーを設立し、理事長に就任。
- 日本開催となったラグビーワールドカップ2019™時は、開催都市特別サポーター(神奈川・横浜)に就任。
最高視聴率53.7%を記録した日本vsスコットランド戦の解説(日本テレビ系)を担当。
日本テレビの報道番組「news every.」にラグビー解説者としてレギュラー出演。多くの”にわかファン”を生み出した。 - 現在は社団法人の活動を中心に、講演、ラグビー解説など多方面で活躍。
0歳からのラグビーリトミックやラグビークリニック等、スポーツ、音楽、教育等を通じて
国民の心身の健全な発達に寄与し、豊かな人間性を涵養することを目的とした活動を展開中。
● 外部情報:
秋工ラクビー部100周年 ABS秋田放送📺
HP:創部100周年 秋田工業ラグビー部 記念イベントに日本ラグビー界けん引の2人が登壇
秋工同窓生の皆様 土田 雅人さん、吉田義人さん、秋工ラクビー部の応援よろしくお願いいたします。
以上
船木 政秋 氏 建設コンサルタント男鹿 代表







