佐藤哲男博士のメディカルトーク No.144
144.老人ホームは現代版姨捨山か
「我が国では毎年寿命が延びて高齢者の数が増加しています。昔は長生きはお祝いの対象でしたが、最近は長生きすることは必ずしも福寿だけではありません。「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」によれば、65歳以上の認知症患者数は2025年には約675万人と5.4人に1人程度が認知症になると予測されています。
認知症患者の介護は家族の大きな仕事です。家族にはそれぞれ職業があるので、介護は家族の仕事と両立させなければなりません。そこで、家族で手に負えないようになったときの解決策の一つとして老人ホームへの入居があります。この場合、認知症患者本人が望まなくとも家庭の都合で入居することが少なくありません。
この状態はまさに現在版姥捨山(うばすてやま)と考えられます。姥捨山の物語は長野県姨捨山の伝説で、棄老伝説に基づいた民話です。物語の内容として「枝折り型」と「難題型」の二つがあります
枝折り物語

山に老いた親を捨てるために背負っていく際に、親が道すがら小枝を折っている(あるいは糠を撒いていく)のを見た息子が何故かと尋ねると、「お前が帰るときに迷わないようにするためだ」と答える。自分が捨てられるという状況にあっても子を思う親心に打たれ、息子は親を連れ帰る。
床下にかくまう物語
ある国の殿様が、年老いて働けなくなった者は役に立たないから山に捨てよという非情なお触れを出す。ある家では息子が泣く泣く老親を山に捨てようとするが、結局捨てることができず、密かに家の床下にかくまって世話をする。しばらくの後、殿様が隣の国からいくつかの難題を持ちかけられ、解けなければこの国を攻め滅ぼすと脅されるが、息子はそれらの難題を老親の知恵によって見事に解いてみせる。隣の国は驚いて、このような知恵者がいる国を攻めるのは危険だと考え、攻め込むのをあきらめる。老人のすばらしい知恵のおかげで国が救われたことを知った殿様は、老人を役に立たないものと見なす間違った考えを改め、息子と老親にたくさんの褒美を与えると共に、お触れを撤回し、その後は老人を大切にするようになった。
閑話休題
老人ホームに入居した認知症患者について次のような介護職員の実話があります。
認知症の高齢者本人はなぜ自宅から老人ホームに行かなければならないかを理解できず同意しないことが多い。しかし、家族は認知症患者の意思とは関係なく手続きを進める。この場合、家族側の言い分としては、不治の病である認知症患者の介護と家族の生活を両立させるためのやむを得ない方策という。老人ホームには多くの種類があり、費用もピンキリです。多くの家族は、親の年金の範囲内で暮らせる施設を探します。つまり、自分の財布からは、お金を出さなくてもよい施設を探すのです。したがって低価格な老人ホームは競争率が高い。
認知症の高齢者の中には、老人ホームの様な集団生活に馴染めない人が少なくありません。この様な高齢者が高齢者施設で生活すると、行動が自分の思い通りできずに、それが続くと施設で決められた1日の行動がストレスとなり、やがて被害妄想など認知症の症状が悪化し、食事を拒否したり、他人とほとんど会話しない日が続きます。この状態になると施設側は処置に困り自宅へ引き取ることを家族に求めます。この様な患者は自宅に戻り環境が変わって家族の介護の下で生活すると、症状が改善されることが多いですが、同時に家族の負担が大きくなり、場合によっては健康を損なうことさえあります。
在宅介護サービスの利用

在宅介護サービスとは、介護が必要な高齢者が自立した生活を継続するために利用する公共の介護保険サービスのことです。老老介護、認認介護に関わらず、介護が必要な状態であれば介護保険サービスを利用することができます。老老介護とは65歳以上の高齢者を同じく65歳以上の高齢者が介護している状態のことです。また、認認介護とは老老介護の中でも、認知症の要介護者が認知症の介護者を介護することです。
老老介護の問題点
老老介護は、介護する側も高齢者であるため多くの問題を抱えます。体力や身体機能の低下に伴い、高齢者が排せつや入浴の介助を行うのは困難で、長期間続くと共倒れの危険性があります。
介護者自身も身体機能が低下していたり、持病を抱えるようになります。その状態では思うように介護ができないため、身体的・精神的なストレスも加わり、介護放棄や虐待などの事件に発展することもあります。
さらに、介護者が自由に外出できなくなり、社会とのつながりが少なくなります。また、運動量が少なくなる結果、筋力が低下し身体能力が衰えます。さらに、高齢化に伴って社会との接点が少なくなるので、精神的に外部からの刺激がなくなり、その結果、うつ状態や認知症になることが少なくありません。
高齢者は他人を頼ることに抵抗がある
高齢者の場合、「介護は家族がするもの」という考え方や、「他人の世話になりたくない」と言った頑固さが大きいので、介護サービスを利用することに抵抗を感じ、最終的に老老介護や認認介護に発展することが少なくありません。ケマネジャーに相談してヘルパーなどにお願いして介護サービスを活用することが必要です。
また、家族の責任やプレッシャーなどを感じて、介護を1人で抱え込む配偶者が、女性よりも男性に多いと言われています。さらに、歩行困難な患者は排せつといったデリケートな側面もあり、しゅう恥心から「他人に頼りたくない」と感じている方が多いです。これが老老介護や認認介護の一因と言えます。
社会環境の変化
ここまで述べた介護問題は少子高齢化・核家族化・女性の社会進出・晩婚化・長寿化などが絡み合って出た結果と言えます。少子化で介護の対象となる身内が複数人いて、一人だけを面倒をみることができない。さらに、長寿高齢化によって子供も共に老いることになり、「親が90代で子供は70代」というケースも珍しくないのです。
おわりに
長寿は家族にとって必ずしも喜びだけではありません。認知症の患者本人はその意識がありませんが、介護している家族にとっては、睡眠時間を削り、趣味も諦めて一年中介護に専念しなければならないのが現実です。介護施設の在り方や、患者に対する家族の時間の配り方など現在の介護の在り方は今後さらに検討する余地が残されています。 2025年8月1日


