佐藤哲男博士のメディカルトーク143

143. 老いて想うこと

「老いる」は、実際に年をとって高齢になることを言いますが、同じ意味でも「老ける」は、年をとって見えるということがあります。見た目と実年齢が必ずしも同じとは限りません。したがって実年齢が若くとも「老け顔」の人がいます。

「高齢者」とか「お年寄り」という言葉に関するイメージについて調査した結果によると、心身が衰え、健康に不安を感じる年代と思う人が72.3%で最も高く、それ以外には、「経験や知恵が豊かである」43.5%、「収入が少なく、経済的な不安が大きい」33.0%、「時間にしばられず、好きなことに取り組める」29.9%などとなっている。

高齢者が幸せを感じるとき

高齢者が幸せを感じるのはどんな時だろうか。調査によると、1位は68.8%の「うまいものを食べている時」で、2位は60.4%で「新たな知識を得た時や自分の知識を深めた時」、3位は60.0%で「趣味のことをしている時」です。

意外なことですが、高齢になっても全ての人が少しでも長生きしたいわけではありません。その理由は、「無駄に長生きして家族やまわりの人に迷惑をかけたくないから」が59.0%と最も多く、次いで「身体がだんだんつらくなると思うから」が48.2%、「経済的な不安があるから」が36.7%です。実感として90代、100代の皆さんがすべて幸せとは限りません。あるところで寿命を全うする方が本人にとって「長寿を全うした」と見られることもあります。

加齢に伴う心理的変化

精神面でも、感情面や人格面でも、高齢者は一般的に、年齢とともに頑固になり、保守的傾向が強くなります。また、他人に対して厳しくなるとともに、他人に対して疑いの感情を抱きやすくなるといわれています。さらに、自分の身体のことを気にしたり、うつ状態になりやすく、物事を否定的に考えやすいなどマイナス思考の傾向が強くなるといわれています。

老化の原因は何ですか?

老化の最も大きい原因は細胞が酸化して働きが低下することです。 酸化とは、わかりやすく言うと身体の細胞のサビつきのことです。その原因物質は活性酸素です。活性酸素は体内の病原菌やウイルスから身体を守る免疫機能を持っているため、健康な体を維持するためには重要な役割を担っています。しかし、同時に細胞を傷つけて細胞を酸化させ、老化を加速させます。

脳の細胞は新生しない

脳の細胞は肝臓、肺などほかの臓器と違って、古い細胞が死んで新しい細胞ができるということはありません。生まれたときの脳の細胞が一生活躍しています。老化すると細胞の一部は機能を失って欠落し脳が萎縮します。しかし、脳の細胞は驚くほど巧妙にできており、各部位の細胞が集まって連携しネットワークを作っています。脳の中の一部の細胞が老化により萎縮すると、ほかの細胞がそれを補う仕組みがあります。

脳を若く保つためには前頭葉(ぜんとうよう)を刺激する

「脳は年齢とともに老化する」と言われていますが、それは必ずしもすべての人に当てはまるとは限りません。年齢を重ねることに より、若い頃に経験したいろいろな事柄が生かされて、単に体が老化するだけではなくもっと深みのある人生になります。高齢者でも気持ちが若い人は、医療機関で脳のMRI検査をすると、脳の老化の特徴が少ない傾向にあることが医学的に明らかになっています。

高齢になると、人と会ったとき顔は覚えているが名前がすぐに出てこないことがあります。物忘れには段階があります。「朝食で何を 食べたか」の忘れ方は正常の範囲内ですが、「今朝朝食を食べたかどうか覚えていない」 は正常を超えた認知機能の低下が考えられます。一般には、50−60代になると、多くの人は少しずつ物忘れが増えてくるのは誰でも感じることで、これは正常の範囲内です。

前頭葉を活性化することで物忘れは防げます。 前頭葉とは、大脳の前部分に位置し、人間の運動、言語、感情をつかさどる器官のことです。脳は多くの機能を持っています。高齢になっても変わらない機能もありますが、一方で、 記憶や情報を一時的に保持したり判断したりする力は、加齢とともに衰えやすいのです。 このような作業を記憶する部位は頭の額の部位にある前頭葉の中の大部分を占める前頭前野です。

「料理をすることは脳を活性化する」といわれています。料理をしているときの脳の活動を医学的に調べると、前頭前野が刺激されることが知られています。この部位は「脳の司令塔」と呼ばれ、意思や計画性、判断、創造、記憶、集中など、人間の行動の中でも重要な行動を司っています。この部位を刺激して正常に保つためには、他人と会話をすることです。また、「笑う」ことでも前頭前野は活性化されます。40歳を過ぎると記憶力の低下を感じ始めます。それを意識して脳を活性化するのに必要な部位が「前頭葉」です。この部位が衰えると、意欲や創造性が失われ、感情のコントロールがきかなくなり、思考の柔軟性も失われます。

90歳以上になると身体は安定

80代までは健康状態や毎日の生活に大きな個人差がありますが、90代になると健康面や生活面でも個人差が小さくなります。それは80代までに亡くなる人が多いからです。90代になると体は生きるのに必要な最低限の活力が残るだけです。内臓の働きは老化とともに徐々に消耗されますが、身体全体の統合的働きは低いなりに安定状態を保ちます。

高齢になってからの生き方

高齢になったら頑張らないで適当に生きることです。適当といってもいい加減ということではありません。自分のペースで生きることです。高齢になると周囲の人々に遠慮することなく自分の歩幅でほどほどに生きることをお勧めします。老化すると環境の変化に順応することが困難になります。その結果、老人は頑固になります。高齢になっても趣味を持ち、友人、知人と付き合っている人は、脳は若いまま保ち順応性も優れています。また、高齢になったら体力について若い時のように見栄を張らないことです。もし、足腰が不自由で歩くのが苦痛だったら遠慮せずに杖を使うことです。実際のところ、本人が気にするほど他人は高齢者の行動に関心を持っていません。

おわりに

「余生」とは、人生において、“やるべきことをやってしまって、余った人生ということです。ある人は年金支給が始まる65歳を過ぎれば余生と考えています。また、ある人は仕事を辞めたら余生と考えています。「余生」は歳だけではありません。老人でも生活に追われていれば、生活の糧を得るために、やるべきことをやらなければいけない人もいますから、とても余生と言ってる余裕はないはずです。逆に、定年退職して生活には困らず、のんびり暮らしている人は毎日を余生と考えると思います。できるだけ日常生活でストレスを溜めずに、無理をせずにグータラ老人で生活するのが長生きのコツです。

2025年7月1日


付録

「笑いのコラム」


■飛行機に乗ってしばらくすると客室乗務員が「お客様の中でお医者様はいらっしゃいませんか」と聞いてきた。
偶然乗り合わせた医者が席を立ち、事態を解決することになった。
またしばらくすると客室乗務員がやってきて言った。
「お客様の中で牧師さんはいらっしゃいませんか?」

■父親の職業を引き継いだライオン調教師に、サーカスのファンが訊ねた。
「ライオンの口の中へ頭を突っ込んだことがありますか?」
「一度だけありますよ。父親を探しに」

■アル中の男が医者に診てもらいにきた。男の手は絶えずブルブル震えている。 医者が尋ねた。
「こりゃひどい。あなたはたくさん飲むんでしょう」
「それほどでもありませんよ。ほとんどこぼしてしまうもので……」

■ もうすぐ手術をうけることになっている男が必死になって車椅子でホールにやってきた。
看護師長が彼を止め、尋ねた。「どうしたんですか?」
「今、看護師さんが言ったんです。『簡単な手術だから心配ないですよ。きっとうまくいきます』って」
「あなたを安心させようとしたんでしょ。何をそんなに怖がってるの」
「看護師さんは私に言ったんじゃないんです。主治医にそう言ったんです」

■ある婦人が夫の精神状態について心療内科でカウンセリングを受けていた。
婦人「先生、主人はひどいノイローゼです」 ひとしきり日常の様子、ことに夫の精神的異常についてまくしたてた。
医者「そのようですね」
婦人「しばらく療養させたいのですが、海と山とどちらがよろしいでしょうか?」
医者「そうですねぇ」と少し考えた後答えた。
「ご主人が山に行かれて、奥さんが海に行かれると一番よろしいかと」