佐藤哲男博士のメディカルトーク140

140. 薬の過剰摂取は社会問題だ

どんな薬にも必ず「1日に摂取する定められた量」があります。これは、効果を最大限発揮しつつ、臨床試験を通して「安全性が確認されている量」です。決められた治療量を超えて摂取すると、様々な副作用が出ます。中には命を脅かす事態になることもあります。最近、あえてその副作用を好んで薬を過剰に摂取する行為が若者の間で流行っています。これが「オーバードーズ(過剰摂取)」で深刻な社会問題になっています。総務省消防庁および厚生労働省が行なった調査によると、医薬品のオーバードーズの年齢層は10−20代の若者で年々増加しています。

なぜオーバードーズが流行っているか

最近若者の間で流行っている薬のオーバードーズについて、国立精神・神経医療研究センターが実施した全国調査によれば、過去1年以内に市販薬の乱用経験があるのは、高校生全体の約1.6%と推計されています。新聞記事によると、市販薬を「最初は6錠入りの鎮痛剤を全て飲んだ。さらに習慣性になりエスカレートして、嫌なことがあるたびに84錠入り瓶を1瓶、2瓶と増えていった」ということです。

市販薬のオーバードーズの背景には、若者がSNSなどで「オーバードーズをしたら楽しくなった」「オーバードーズによりつらい気持ちが和らいだ」「気持ちよくなって、嫌なことが忘れられた」と言った体験談を見て、興味をもってやってみたりすることが増えています。また、いじめや虐待、親との関係の悪化、学校生活や仕事、人間関係など、ストレスを抱えた若者たちが、「現実逃避」や「嫌なことを忘れたい」という理由で、入手しやすい「医薬品」をオーバードーズすることが多いです。それを繰り返すとその薬を常時飲まないと生きていられないような「薬物依存」に陥ります。

オーバードーズに用いられる市販薬と副作用

最近、医療機関で咳止め薬が不足しています。製薬会社からの供給が制限されて、市中の病院やクリニックで咳で苦しんでいる人に咳止め薬を十分に処方できない現状の中で、咳止め薬を享楽の目的に乱用することは現に慎むべきです。

オーバードーズに用いられる主な薬は下記の通りです。

  • 睡眠薬:
    主な副作用としては、酩酊状態になり正しい判断ができない。著しい錯乱状態になる。会話が困難になる。深い眠りの状態になる。けいれんを起こす。呼吸が遅くなり、進行すると呼吸困難、または呼吸停止になる、などです。
  • 咳止め薬のコデインを含む市販薬:
    コデインは昔から使われている咳止め薬で、オーバードーズの7割で使用されています。コデインは脳にある咳の中枢を抑えて咳を止める作用があります。その他の作用としては鎮痛作用や下痢を止める作用もあります。副作用としては、立ちくらみ、めまい 眠気、吐き気、嘔吐、意識消失、昏睡、便秘などが知られており、最悪の場合は呼吸停止になります。
  • ブロムワレリル尿素が主に含まれている市販薬:
    古くから医療機関で使われている睡眠剤で、不眠を改善する作用があります。この薬は長期連用すると習慣性になることがあります。副作用として、過敏症 、発疹 、そう痒感 、 悪心 、嘔吐 、 下痢、頭痛、めまい、ふらつき、薬物依存、不安、難聴、抑うつ、などが知られています。
  • 咳止め薬のデキストロメトルファンが含まれている市販薬:
    デキストロメトルファンを成分として使われている薬として「メジコン®」や「コンタック®」シリーズなどがよく知られています。2021年8月に市販薬として使われて以来、オーバードーズに使用されている薬の中で最も多い薬です。この薬は適切な使用量で使用すれば非常に安全性の高い薬であり、副作用もありません。脳の中の咳を誘発する部位の働きを抑え、咳止めとしては優れた薬です。多量に使用すると幻覚を誘発したり、興奮・錯乱状態になることが知られています。主な副作用としては、発疹、眠気、頭痛、めまい、吐き気・嘔吐、食欲不振などが報告されています。
  • アリルイソプロピルアセチル尿素が含まれている市販薬:
    緊張やイライラ感などを抑え、気持ちを落ち着かせる作用があります。一般用医薬品では、痛みを抑える目的で、頭痛・歯痛・生理痛などの解熱鎮痛薬に配合されていることが多いです。副作用として、皮膚のかゆみ、じんましん、発疹、声のかすれ、動悸、のどの痛み、全身がだるい、食欲がない、などが知られています。
  • ジフェンヒドラミンが含まれている市販薬:
    ジフェンヒドラミンを主成分とした市販薬は、睡眠改善薬の「ドリエル®」や抗アレルギー薬の「レスタミン®」などが知られています。本来は鼻炎や皮膚のアレルギー症状を抑える薬です。副作用として、ヒフの発疹、かゆみ、胃痛、吐き気、嘔吐、食欲不振、めまい、頭痛、中でも、眠気を誘発する作用があるので、これらの薬を服用した時には車の運転は中止した方がよい。
オーバードーズによる危険な症状

市販薬のオーバードーズにより、眠気や疲労感を感じなくなったり、ふわふわした気分になったりすることがありますが、これは薬の副作用で極めて危険な状態です。オーバードーズを繰り返すと、「薬物依存」となり、自力ではやめられなくなることがあります。また、市販薬のオーバードーズを繰り返すと肝臓や腎臓に障害が発生するなど深刻な副作用を生じ、最悪の場合亡くなる事例も報告されています。

オーバードーズによる毒性には個人差が大きいのが特徴です。海外でも咳止め薬の大量摂取による多幸感と幻覚効果から、致死的な相乗効果があるにもかかわらず、娯楽目的でアルコール、アヘン剤、カンナビノイド、その他の乱用薬物と混合して使用する例がよくあります。

オーバードーズをなくすために

なぜオーバードーズが流行っているか。そこには若者が心の平静を失って、道理の分別がつかなくなることが主な原因です。米国の「国立薬物乱用研究所」によるとオーバードーズの原因として以下の5つを挙げています。

  • 気分が少しでも晴れるようにするため
  • 気分をもっとよりよくするため
  • パフォーマンスをあげるため
  • みんな使っているから
  • 社会的なプレッシャーが強いから

しかし、実際はオーバードーズはこれらの目的を達成する手段として適切な方法ではありません。また、現に医療機関では咳止め薬の不足が問題になっている中で、このような不適切な使われ方をするのは、本人にとって危険な状態になるだけではなく、薬の品不足により病院での治療に支障をきたすので絶対にやめるべきです。

おわりに

オーバードーズの結果急性中毒症状や意識がなくなった時には直ちに救急車を呼んで早急に対処しないと命に関わることがあります。薬はあくまでも医師や薬剤師の指示に従って用いなければ危険を伴うことがあります。薬は本来治療に使うもので、それ以外の目的、享楽に使うのではありません。  2025年4月1日


付録

新旅のこぼれ話(5)北海の贈り物

ヨーロッパの国々は地続きなので国際列車が発達しており、また、飛行機でも2時間もあればほとんどの国へ行くことができます。1998年にベルギーのゲント市にある友人の研究室を初めて訪れました。ゲント大学はヨーロッパの中で長い伝統を持つ有名大学の一つです。彼とは国際会議で偶然知り会い、久々の再会で話がはずんだ。夕暮れになった頃、「ワイフを呼んで夕食へ行こう」と外へ出た。彼の奥さんは台湾出身で、同じ大学の研究者です。

16世紀ににぎわった埠頭には、年代によって異なるギルドハウスが残り、その調和した街並みこそが、ゲントを中世の美しい街にしていた。20分程歩いて地元ではよく知られたレストランに入った。体育館程の広さがあり、彼の説明によると、ここは古い倉庫を改装したものだそうだ。「今日はとびっきりおいしいものをご馳走しよう」彼は店人に地元の言葉で早口に注文しました。しばらくして目の前に出されたのはバケツ程もある大鍋に山盛りにされたムール貝の白ワイン蒸しだった。「これはベルギーの名物だよ」彼はなれた手つきで貝を一つ一つ開けた。空になった貝殻をピンセット代わりにして、他の貝の身をつまむのがコツだそうだ。私にとっては初めて見る食物でした。最初は珍しいのとその量に圧倒されて恐る恐る食べていましたが、鍋の底が見えるころにはすっかりそのとりこになった。その味は私にとってはこれまでに経験した事のない絶品でした。

2002年にアムステルダムでの会議の後一日ブルッセルで遊んだ。ブリュッセルは欧州連合EUや北大西洋条約機構NATOの本部があり、名実共に国際都市ですが、私にとってのブルッセルは政治よりは食の街です。私が訪れたのは日曜日とあって、市庁舎や王の館で囲まれたグラン・プラスは観光客で溢れていた。そこから1−2分の所にはレストランが密集しており、そこが今日の目的地です。未だ夕食には早いせいかそれ程混んでなかった。

私はゲントの友人の言葉を思い出した。「ブルッセルへ行くことがあったら是非ムール貝の店へ行ったらよい」。威勢のよい呼び込みに誘われて一軒の店に入り早速ムール貝のワイン蒸しを注文した。間もなくゲントと同じくバケツ程の容器に山盛りのムール貝が目の前に差し出された。不安と期待をもって口に運んだ瞬間、みるみるゲントでの記憶が蘇った。思わず「いやあ、これだよ!」と心の中で叫んだ。私はゲントの友人が教えてくれたように、空いた貝殻を器用に使うことも忘れなかった。北海産のムール貝の味は正に絶品であった。周囲を忘れて夢中でムール貝に取り付かれた後、しばらくして顔を挙げると、先程までまばらだったレストランの中の客は店にあふれていた。食いしん坊の私にとって、美味なものに出会ったときの幸せは格別幸せを感じる。ムール貝はベルギーに限る。一人で納得しながらレストランを後にした。