佐藤哲男博士のメディカルトーク138

138. 人生は悲喜こもごも
1.生きる力

今回は少し深刻なテーマを採り上げました。私はこれまで多くの人々と接してきました。どのように生きるかは十人十色で他人がとやかくいうことではありません。「どう生きたいのか」を考えてそれを実行するのは難しいことですが、それができるようになるとその人自身生きるのが楽になり、幸福になります。「生きる力」とは「生命力」と「生活力」です。

1.1「生命力」

生き抜く力で、元気さ、行動力、スタミナ、健康、病気に対する抵抗力です。「生きる力」は単なる知識ではなく社会生活をしていく上で必要な様々な技術や能力などを指します。また、身体的な健康だけでなく、心の活力や意欲、積極的な心構えも含まれます。 積極性に富んでいる人は、日々の活動に情熱を注ぎ、自身の能力を最大限に活用し、充実感と幸福感を得ることができます。

1.2「生活力」

生活力とは衣食住を快適にする能力です。お金がある時には、それをうまく使って毎日の生活を快適にできますが、お金がない時でも、色々工夫してそれなりに快適にすることができます。
それには、お金を稼ぐ能力、美味しいものや素材を調達する能力、調理する能力、快適な衣類を調達する能力、快適な住居を調達する能力、快適に保つ能力情報を得る能力、情報を活かす能力などが含まれます。生活力に不安を抱き始める年齢には個人差がありますが、例えば、親の下で庇護された環境から自立したときに初めて実感します。また、親が老いて先行きに不安を感じたときです。それだけに収まらず、生活力には就労の意欲や自立心、主体性などにも多くの影響を与えます。

2.死に方

死ぬことは生き方よりもさらに深刻です。それは病床で亡くなる場合、不慮の事故で亡くなる場合、高齢者の病死、自ら命を絶つ場合、など生きることがそこで終わることを意味します。

 2.1 余命宣告の基準には決まったルールがない

医師の余命宣告は、患者やその家族にとって、非常にショッキングな情報となることが多いです。余命宣告の時期や内容は、医師の判断によって大きく異なります。同じ患者でも3ヶ月と短く伝える医師もいれば、3年と長く伝える医師もいます。また、一切余命宣告をしないという医師も少なくありません。これは、宣告する期間が「大体の目安」であり、正確な数字を示すものではないからです。

医師の余命宣告は、患者やその家族に心の準備をさせる意味合いがあります。突然の死や急な病状の悪化に対して、家族が納得しづらい場合や疑念を抱くことを防ぐため、ある程度の前触れとして伝えられることが多いのです。がん治療中の患者において、余命宣告が行われる時期は、末期に近くなり治療の選択肢が限られてきた場合に多く見られます。

 2.2 高齢者の孤立死、孤独死

最近、高齢者の孤独死、孤立死が問題になっています。厚労省の公表によると、2024年5月13日に、今年1−3月に自宅で亡くなった一人暮らしの人が全国で2万1716人確認され、そのうち65歳以上の高齢者は1万7034人で、8割近くを占めていました。年間の死者数は6万8千人と推定されます。その中で85歳以上が4922人となっています。 孤立死と孤独死はどちらも「誰にも看取られず一人で亡くなること」を指した言葉ですが、この2つの言葉には違いがあります。

孤立死とは家族や近隣住民との関わりが希薄で、社会から孤立した状態で誰にも看取られることなく亡くなることを指します。最近では、独居高齢者だけでなく若年層の孤立死も増加しています。

孤独死とはなんらかの理由で、家族や親族、近隣住民とも、ある程度の交流はあったものの亡くなる際にひとりだった場合を孤独死と言います。

 2.3 自ら命を絶つ

自殺はその原因として命を立たざるを得ない状態と考えた末の行為です。自殺の背景には精神上の問題だけではなく、過労、生活の困窮、介護疲れ、いじめや孤立など様々な社会的要因があります。これは決して特別な人たちの問題ではありません。自殺行為に至った人の直前の心の状態は他人が推し測ることはできませんが、大多数は、様々な悩みにより心理的に追い込まれた結果、抑うつ状態になったり、うつ病、アルコール依存症などの精神疾患の影響により正常な判断ができない状態になっていることが多いです。つまり、「自殺の多くは追い込まれた末の死」と言えます。

2024年3月29日の厚労省の公表によると、2023年の自殺者数(確定値)は2万1837人で、2年ぶりに減少しましたが、コロナ禍が始まった2020年から増加傾向に転じています。男性は2年連続で増加し、女性は4年ぶりに減少しました。小中高生の自殺者数は、過去最多の514人(22年)に次ぐ513人です。

 2.4 安楽死と尊厳死の違い

安楽死と尊厳死は、延命のための治療をしないという点では共通しています。しかし、根本的に異なる点は、安楽死は意図的に寿命を縮めて死をもたらすことですが、尊厳死は意図的に寿命を縮めることはせずに、自然に任せて残された人生をその人らしく生きることを指します。

 2.5 日本での尊厳死の現状と問題点

尊厳死は人の生死に関わるデリケートなテーマであるため、さまざまな問題点とそれに対する意見があります。すでに欧米諸国では、尊厳死を法律に取り入れている国がいくつもあります。一方、日本では、尊厳死の考え方は徐々に受け入れられるようになってきましたが現状では法律上では認められていません。ただし、下記の場合は日本で尊厳死になる条件として認められています。
(1) 患者が耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいること。
(2) 患者は死が避けられず、その死期が迫っていること。
(3) 患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くしほかに代替手段がないこと。
(4) 生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること。

尊厳死は、本人が望んでいても家族の同意を得られなければ成立しません。本人が望む場合は、まず最初に家族と意見を合わせる必要があります。家族が延命治療を望むケースもあるので、患者と家族で納得できるまでしっかりと話し合う必要があります。

なお、「安楽死、尊厳死」については本シリーズの第3話で詳細に述べましたのでご参照下さい。

おわりに

私は「出会い」という言葉が好きです。そこには、自分から出て心を開き、相手とめぐり合うという意味があるからです。死ぬ間際に「自分の人生は意味がある人生だった」と思える人は幸せな人生だったと言えるはずです。

私たちは、限りある人生をいかに生きればよいのでしょうか? 人間が老いること、生涯を閉じることは生命を持つ人間にとっては避けることのできない自然現象です。こころ豊かに生きるためには他人と温かな人間関係を築くことが必要と考えます。ギネス世界記録に認定された世界最高齢の糸岡富子さんが2024年12月29日に116歳で亡くなりました。特に病気もなかったことから老衰と考えられています。

一方、健康で長寿な人はお祝いすべき事ですが、最近では高齢の父母や配偶者が認知症になり、家族がその看病でストレスやうつ状態になるケースが少なくありません。
この様な患者は高齢者施設で治療を続けることも可能ですが、患者の性格や団体生活に慣れない場合は自宅療養にならざるを得ません。介護に携わる家族は心身ともに大変ですが、患者が生涯を全うするまで付き添うことが家族としての務めと考えます。

2025年2月1日

*佐藤先生のメディカルトークは、これまで外部サイトにリンクしていましたが、今回から東京秋工会サイトにも投稿記事として掲載します。

目次や、これまでの記事はこちらからご覧ください。

赤川均